四つの秋の歌
Four Autumnal Songs for Clarinet Orchestra composed by Itaru Sakai 1996


 この作品は大阪音楽大学のクラリネット専攻の学生で構成されているアンサンブルの為に書きました。
 作品の内容に触れる前にクラリネットオーケストラという編成について少しお話いたしましょう。クラリネットには非常に多くの同属楽器が存在します。おそらくこれは管弦楽の弦楽器と同じ役割を、吹奏楽の編成において求められることから発展してきたからだと思います。具体的には

Eb clarinet
Bb clarinet
Alto clarinet
Bass clarinet
Contraalto clarinet
Contrabass clarinet

 と言う楽器が有りすべての楽器の音域を合わせるとピアノの最高音域の1オクターブを除いた、すべての音域をカバーすることが出来ます。

 それでは作品についての話しに入りましょう。
 タイトルに「四つの秋の歌」とありますが、これは私のイメージする四つの秋の情景でも有ります。

 

 ある秋の日、どこかの町を歩いていました。何だかとても懐かしい雰囲気のする街並みでした。まだ夏の暑さが少し残っていて窓が開かれた民家からは軒に掛けられた簾越しにテレビの音や人の話し声が聞こえてきます。ふと、どこからともなく赤ん坊の鳴き声とそれをあやす母親の子守唄が聞こえてきました。遠くでは豆腐売りのラッパと売り声が響いていました。

 
 
 町を通り抜けるとそこは一面のススキの茂る原っぱでした。見渡す限りの風景の中に一人でたたずんでいると雲がゆっくりと形を変えながら動いているのが見えました。やがて鳥達のさえずりが聞こえてきます。気がつくと柔らかい風が野原の中を吹き抜けていきました。

 

 やがて日が暮れると、夜空には星が光り始めます。辺りが暗くなるにつれ星の数はますます増え、流れ星も仲間に加わり秋の夜空を彩ります。
 ふと気がつくと一人の少女が側にたたずんでいました。透き通るような目が自分を見つめているようでした。おそるおそる声をかけると優しく応えてくれました。
 でも、それは夢だったのでしょうか?ふと気がつくと野原の中に独りぼっちで、まわりには誰も居ませんでした。夜空の星だけがきらきらと光っていました。ただ、時々吹き抜ける秋の風が遠くから少女の声を運んできてくれるような気がしました。

 

 町に戻ると秋祭りで賑わっていました。御輿の担ぎ手達の威勢のいいかけ声、縁日で楽しむ子供たち。
 でも、ふと耳をすましてみると遠くから風の音が聞こえてきます。木枯らし・・・?そうです。もう、冬はそこまで来ているのです。でも今日はまだその気配に気づく人は誰もいません。そして祭りは最高潮に達します。

 [曲の概要]

 第一曲:Andantino 4/4拍子 ヘ短調

 Bb clarinetによって提示される主題は子守歌をイメージしています。この主題がEb clarinetとbass clarinetの高音域でのユニゾンは先ほど書いた豆腐売りをイメージしています。よりによってこの曲で一番演奏の難しい部分になってしまいましたが、音大のEb clarinetの女の子はとても上手に吹いてくれるので、あまり豆腐屋のラッパには聞こえません。(笑)でも、それはそれでなかなか良いものです。
 中間部でes-mollのV7の和音がI7の和音に解決し、その和音をDes-durのII7に読み替えて進行する部分があります。(27〜28小節)ここは我ながら気に入っているところで、「思いにふけっている状態からふと我に返る」と言う心理を表すのに効果的な和声進行では、と勝手に思い込んでいます。
 53小節にはrit.moltoの指示がありますが、この部分ではまるで頭の中の血が抜けていくような感じがします。これはもうクラリネットの安定し、かつ透明感のある音色によってのみ可能な効果でしょう。
 この曲は我ながら秋らしい雰囲気に仕上がっていると思います。懐かしさと切なさが混じった雰囲気が感じてもらえると嬉しいのですが・・・
 テンポは四分音符=80くらいを中心に考えるといいでしょう。Andantinoですからあまり遅くなりすぎないように。

(演奏所要時間:約4分30秒)

 第二曲:Moderato semplice 4/4拍子 ハ長調

 Bb clarinetで演奏するハ長調というのは本当に美しいと思います。そして限りなく透明感があると思います。この曲ではシンプルな主題が全曲に渡って演奏され続けます。これは一面の原っぱと空をゆっくり動いている雲をイメージしています。
 やがて聞こえてくる「鳥達のさえずり」は4人のsolo奏者によって。そして曲の後半での32分音符の細かい動きは「野を渡る風」をイメージしています。
 テンポは後半の32分音符が心地よく演奏できる四分音符=69くらいがいいでしょうAndantinoよりModeratoの方が遅いの?と言う矛盾を感じそうですが、これらの言葉は絶対的な速度を表すのではなく曲の雰囲気を示す発想標語なのですから。

(演奏所要時間:約5分30秒)

 第三曲:Adagio 5/8拍子 変ニ長調

 もし、この組曲を交響曲に見立てるならば緩徐楽章に相当する部分です。曲想も概して穏やかなのですが、その内側に込められた精神はもっとも情熱的なものではないでしょうか?と言うのも私はこの作品を書いているときに、余りに熱いものがこみ上げてきて、興奮のあまり徹夜続きにも係わらず一睡もすることが出来ず五線紙に向ったからです。(はたから見れば精神異常者以外の何者でもありません。「作曲家というのは実は、作品の創造という代償のおかげでかろうじて社会に対してその発狂を気付かれずにいる性格破綻者の別称なのではないか?」と言う吉松隆氏の言葉も頷ける。)
 この曲は、秋の夜空の下での男と女の愛の物語を描くつもりでした。実生活においてはこんなロマンチックな話とは超長距離の位置に存在する私が、せめて音楽の中だけでは、と夢を描こうと思ったのです。でも結局音楽の中でも「かなわない夢」なのかも知れませんね。
 Adagioのテンポは八分音符=58くらいで始めるのがいいでしょう。molto piuメ lentoは思い切ってテンポを落として。八分音符=44くらいで演奏してください。まるで時間が止まったような感じが出せると精神異常者、性格破綻者とまで言われてこの曲を書いた甲斐があります。Cadenzaのあと6/8になりますが、ここでは128分音符が無理なく吹ける速さから始めて、徐々にテンポをあげTempo Iに持って行くと良いでしょう。最後から3小節のところに最強音の指示(fff)がありますが、大きな鐘が打ち鳴らされるように。そしてその響きがだんだんと遠ざかっていくようなdiminuendoが出来ると最高です。とにかく恥ずかしいくらいにロマンチックに演奏していただきたいものです。

(演奏所要時間:約7分)

 第四曲:Allegro 6/8拍子 変ロ短調

 フィナーレはサルタレロのリズムを用いた長大なロンド仕立てにしています。途中に二つのエピソードを持っています。全体的には賑やかな祭りを描写しているのですが(舞台は日本をイメージしているのですが、サルタレロのリズムを使っているのでどことなくイタリア的でもあります。作曲者がイタルなのでやむを得ないでしょう?)一つ目のエピソードはとてもチャーミングなキャラクターを持たせています。(主題に戻る直前の全員でのユニゾンはちょっとグロテスクですが・・・)そして二つ目のエピソードでは主題を用いた展開部であり、すぐそこまで来ている冬の気配を表しています。
 テンポは付点四分音符=168〜176くらいで、曲の勢いが途切れないように演奏してください。ラストのPrestissimoは一小節が108くらいで演奏できるととてもかっこいいでしょう。

(演奏所要時間:約8分)


 この作品は1997年12月16日。大阪音楽大学のクラリネット専攻生達により、大阪市天満橋のエルシアターで初演されました。指揮は本田耕一助教授でフィナーレでは肉離れまで起こすほどの熱演でした。お蔭様で好評でした。この場を借りて演奏者の皆さんに御礼申し上げます。


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Itaru Sakai
Last Update : 2002.7.7
First Release : 1997.12.19