この作品は1999年に創立40周年を迎えた、奈良県吹奏楽連盟の委嘱により、「若草山のファンファーレ」と共に1998年の春から夏にかけて書いたものです。
正式な委嘱の契約は97年の秋だったのですが、夏頃既に打診があり、そのころから色々と構想を練っていました。奈良と言えばやっぱり奈良公園の可愛い子鹿たちかなあ、と言うことで、それをイメージさせる軽やかなメロディーは正式な委嘱の話がある前に思いついていました。秋になって、正式な委嘱があり、この時点で曲を開始する華やかなメイン・テーマ(初演のプログラムで「奈良で暮らす人々を表す」と説明している)それから、ちょっと落ち着いた副主題(同じく「奈良の風景を表す」と説明)が作られました。委嘱の条件として、演奏時間が6〜7分とあったので、3種類のテーマがあれば曲を構成する材料としては十分なはずなのですが、「何か大切なものを忘れている」と、漠然と物足りなさを感じ、作曲も行き詰まっていました。
そんなある日、奈良県のとある中学校で吹奏楽部の顧問をしている友人Bと話していたときのことです。
友人B :「今度の奈良県の曲って、どんなタイトルなぁん?」 私 :「そうやなあ・・・やっぱり奈良県って、ぱっと思い浮かんでくれるタイトルがいいよねぇ」 友人B :「大仏と鹿とかぁ?」 私 :「!」 この時、ティンパニのG音のトレモロ、その上にチューバとトロンボーンによるハ長調の四六の和音が鳴り響き、トランペット奏者が一斉にユニゾンでメロディーを吹きはじめたのです。
そうです。やっぱり大仏さんを忘れてしまってはいけなかったのです。さて、年も明けて春となり、私は中間部をどの様にするか、ずいぶん苦労していました。曲の両側はだいたい段取りが決まっていましたが、全曲を7分という時間内に収めるためには、バランスから考えて中間部の長さは2分が限界です。私は最初、この曲の中間部も「たなばた」や「おおみそか」と同じ、AA'BA"に小結尾が付くスタイル(Bでは様々な楽器がソロをやりとりし、A"では壮大に盛り上がり、そのあとに余韻が響く)を考えていましたが、このスタイルでは、どうしても3分程度の時間が必要です。それから、両側で既に4種類のテーマを用いており、短い曲にさらに中間部のために新しいテーマを登場させるのは、あまりにも煩雑になりすぎると感じました。それに加えて、「たなばた」や「おおみそか」よりもっと素敵なフルートのソロを書いてみたいと思っていました。
これらすべてを満たすために、私は中間部で新しいテーマを導入するのはやめ、すでに使用しているテーマを変奏して使うことにしました。それと同時に、「奈良の街に夜が訪れ、子鹿たちは眠りにつき、そして朝が訪れ、小鳥たちがさえずりはじめる。」そんなストーリーを思いつきました。奈良の風景のテーマは転調を繰り返し、移り変わる空の色に。昼間元気に遊んでいた子鹿たちのテーマは、ユーフォニアムとオーボエのソロをやりとりする子守唄へ。そしてテュッティで演奏される華やかなメイン・テーマはフルートで演奏される小鳥たちのさえずりに変わりました。そして気が付けば、いつの間にか本当に夜が明けていました。結局、中間部は木管楽器が主体となり、「たなばた」や「おおみそか」とは多少違う趣になりました。金管楽器はほぼこの部分沈黙することとなり、サイズ的にもずいぶんコンパクトな間奏曲風になりました。このことがどの様に受け止められるか分かりませんが、7分という一つの制限の存在が、私を一歩新しい世界に向かわせてくれたように思います。
ここで、この作品の構成を簡単に紹介すると(4つの主要なテーマを"A"メイン・テーマ=奈良の人々、"B"奈良の風景、"C"大仏のテーマ、"D"子鹿のテーマ、とします)提示部
第一主題"A"の提示
短い間奏に続き、副主題"B"の提示
推移部となり、大仏"C"の登場
素材"A"による間奏に続き、第二主題"D"の提示
素材"A"による小結尾
素材"C"による中間部への間奏
中間部
素材"B"による導入
"D"の変奏(ユーフォニアムとオーボエのソロ)
"A"の変奏(フルートとアルトサックスのソロ)
素材"B"による小結尾
再現部
"B"の再現
素材"C"によるカノン
"A"の2回目の変奏、及びその展開
素材"A"による間奏に続き、"D"の再現
素材"C"が一瞬顔を出したあと"A"の3回目の変奏
素材"B"による曲全体の結尾のようになります。
このことを知っているからどうだと言うことはないし、構成に関しては聞く人によって感じ取り方が違うとは思いますが、何か縁があってこの作品に取り組んで下さるとき、曲全体のストーリーをイメージされるときの参考にしていただければと思います。やがて年が明け、1999年2月7日、超満員の観衆を前に、関西を代表するプロのバンド、大阪市音楽団による素晴らしい演奏で、この作品は披露されました。(余談ですが、「たなばた」や「おおみそか」の初演時、メンバーの一人だったサキソフォーン専攻の友人が、この日も賛助出演していたのには驚きました。)
これほどまで恵まれた環境で新作が発表できた私は本当に幸せでした。
作曲の機会を与えて下さった奈良県吹奏楽連盟の関係者にはもちろん、試演をしてくれた奈良県立郡山高等学校吹奏楽部の皆さん、初演をして下さった大阪市音楽団の皆さん、指揮をして下さった木村吉宏先生、そして(トンデモナイ?)タイトルの命名者、友人B(この人は吹連関係者か・・・)みんなに感謝の気持ちでいっぱいです。
それから、奈良県とは直接関わりがありませんが、富山県の高岡市立野村小学校ウインドアンサンブルの子供たちにも感謝しなければなりません。
野村小は、毎年全国大会に出場する名門バンドですが、過去のコンクールで2度、私の作品を取り上げてくれています。子供たちにはたくさんの手紙を戴き、私も何度か富山に招かれましたが、真剣に私の作品に取り組んでくれている子供たちの姿に、私は心を打たれ、そして創作を続ける上での本当に大きな勇気を与えてくれたように思います。
中間部のフルートのソロに力が入ってしまったのは、私が昔フルートを習っていたこともありますが、富山で出会ったフルートの女の子が、いつかどこかでこの曲に巡り会い、このソロを奏でてくれることを夢見ていたかもしれません。
Instrumentation1997年9月、高岡市立野村小学校で生意気にもFluteの指導をする私。餌食になってしまっているのは当時5年生の女の子。Piccoloがとても上手な子でした。
part | minimum | optimum | interval (real sounds) | memo |
---|---|---|---|---|
Piccolo | 1 | 1 | D [sop.] / Bb [extra high] | 可愛いメロディーがいっぱい出てきます。 |
Flute 1 | 1 | 1-2 | E [alt.] / H [high^2] | 「たなばた」や「おおみそか」とは比べものにならないくらい、力を入れて書いたソロがあります。 |
Flute 2 | 1 | 1-2 | D [alt.] / G [high^2] | 地味ですが重要なパートです。省略しないで! |
Oboe | 0 | 1 | H [ten.] / D [high^2] | 中間部にソロがあります。オーボエがないときはホルンで1オクターブ下げて演奏します。 |
Bassoon | 0 | 1 | Eb [bas.] / F [alt.] | 子鹿の登場シーンで大活躍します。 |
Eb Clarinet | 0 | 1 | D [alt.] / G [high^2] | ピッコロと一緒にとても可愛いメロディーを演奏します。 |
Bb Clarinet 1 | 2 | 3-4 | Eb [ten.] / Eb [high^2] (solo player) A [ten.] / Eb [high^2] (other players) |
中間部にはソロもあります。後半は音も高く休みが少ないので、体力も必要です。 |
Bb Clarinet 2 | 1 | 2-3 | E [ten.] / D [high^2] | 1番パートを差し置いてメロディーをとるところがあります。 |
Bb Clarinet 3 | 1 | 2-3 | D [ten.] / Ab [sop.] | クラリネットには珍しく、2番パートと共に伴奏の「あと打ち」があります。 |
Eb Alto Clarinet | 0 | 1 | Bb [bas.] / D [sop.] | 内声部が中心ですが、バスラインを担当することもあります。 |
Bb Bass Clarinet | 1 | 1 | Eb [bas.] / F# [alt.] | バスーンと共に大活躍します。 |
Eb Alto Saxophone 1 | 1 | 1-2 | D [ten.] / G [sop.] | 中間部にソロがあります。 |
Eb Alto Saxophone 2 | 1 | 1-2 | D [ten.] / Eb [sop.] | 重要な内声部を担当しますが、主旋律も多いです。 |
Bb Tenor Saxophone | 1 | 1-2 | H [bas.] / D [sop.] | 主旋律から伴奏のあと打ちまで、多彩な活躍をします。 |
Eb Baritone Saxophone | 0 | 1 | C [bas.] / F [alt.] | 結構高い音があるので、音程に気をつけて下さい。 |
Bb Trumpet 1 | 1 | 1-2 | G [ten.] / Bb [sop.] | 華やかな部分が目立ちますが、時には音楽の背景に輪郭をつけると言う渋い仕事もします。 |
Bb Trumpet 2 | 1 | 1-2 | G [ten.] / Eb [sop.] | メロディー、対旋律、伴奏の刻み、等々、多彩な仕事をこなします。 |
Bb Trumpet 3 | 1 | 1-2 | G [ten.] / C [sop.] | 初心者に配慮していますが、重要なパートです。 |
F Horn 1 | 1 | 1 | D [ten.] / C [sop.] | Oboeがないときにはソロもあります。 |
F Horn 2 | 1 | 1 | D [ten.] / Ab [alt.] | 全体を通して、いかにも伴奏、と言う部分は少ないです。 |
F Horn 3 | 0 | 1 | D [ten.] / C [sop.] | 1番パートと共に、内声部にあるメロディーを担当します。 |
F Horn 4 | 0 | 1 | D [ten.] / Ab [alt.] | それほど低い音は用いていません。 |
Trombone 1 | 1 | 1-2 | D [ten.] / G [alt.] | 柔らかいメロディーも演奏します。 |
Trombone 2 | 1 | 1-2 | C# [ten.] / E [alt.] | 金管セクションのアンサンブルにおいて、核となります。 |
Trombone 3 | 1 | 1-2 | F [bas.] / Ab [ten.] | 1番、2番パートと共に、7pos.から1pos.までのグリッサンドがあります。 |
Euphonium | 1 | 2-3 | G [bas.] / G [alt.] | 中間部にソロがあります。 |
Tuba | 1 | 2-3 | Ab [low^2] / G [ten.] (small) Eb [low^2] / G [ten.] (large) |
「たなばた」や「おおみそか」に比べると、やや難しいようです。 |
String Bass | 1 | 1-2 | F [low^2] / G [ten.] | 変化に富んだバスラインが楽しめます。 |
Timpani | 1 | 1 | F [ten.] (23") D [ten.] Eb [ten.] (26") Bb [bas.] C [ten.] (29") F [bas.] G [bas.] Ab [bas.] (32") Combine Whip |
1小節で音を変えるところがあるので、32インチの楽器はペダル付きが望ましいです。「むち」持ち替え。 |
Percussion 1 | 1 | 1 | Xylophone Glockenspiel Tambourine |
鉄琴はかなり目立ちます! |
Percussion 2 | 1 | 1 | Snare Drum | 小太鼓に専念して下さい。 |
Percussion 3 | 1 | 1 | Cymbals Suspended Cymbal |
懸垂シンバルのバチ指定はありませんが、状況に応じてスティックとマレットを使い分けて下さい。 |
Percussion 4 | 0 | 1 | Bass Drum Triangle Wood Block Suspended Cymbal |
打楽器の人数が少ないときは省略できますが、[I][L][M]の大太鼓。[E][J]のトライアングル。[M][N]のウッドブロックは、手の空いている人が演奏するよう工夫してみて下さい。 |
First Performance & Data
Date & Place | 第26回奈良県トップバンドフェスティバル 1999年2月7日 奈良県橿原文化会館大ホール | Performer | 大阪市音楽団 指揮:木村吉宏 | Duration | 6分55秒(初演) |
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