昨年(1996年)3月。大学時代の友人から電話が有りました。内容はと言うと「私の友達で6月に結婚するんだけれども記念に酒井君に曲を書いてもらいたい。」と言う今から思えば大変厚かましいものでした。しかし、その時大学院を修了したもののまるで仕事にありつけず暇な日々を送っていた私は喜んで引き受けてしまったのでした。
作曲の依頼主は在学時代は一度も話をしたことがなかったのでしたが同じ大学に通っていたピアノ科の女の子でした。電話をかけてきた友人も交えて結婚式の前に2度ほど会って話もしたのですが、必ずしも幸せ一杯という感じではなく式の準備や新生活への期待と不安で多少の疲れが有るように感じました。疲れたときは私の作品「たなばた」を聴くと元気になる。と言う彼女の言葉は本当に嬉しく感じたのですが、多少なりとも無理をしているという印象も感じられ、ずいぶんと心配したものでした。
しかし、式の当日になってみると彼女は本当に幸せそうに見えました。出来上がった曲を弾いているときに純白のウェディングドレスに身を包まれた彼女の横で料理を食べている旦那を多少なりとも羨ましく思ったものです。
偶然なのかも知れませんが、今年も似たようなことが有りました。
今まで余り話をしたことのない女の子から突然連絡があると、ちょっと期待してしまうのですが、私の場合その期待はことごとく裏切られる運命に有るようです。
しかしながら、彼女たちにとって私の作品が思い出になってくれるのであればそれはとても嬉しいことです。でもあれから一年が立った現在。あの時弾いた曲というのはあの子にとってどういう存在なのでしょうか?そして私自身の存在は・・・?
日に焼けて変色しかかっているこの曲の譜面を見ながらふと思いました。[曲の概要]
Moderato 3/4拍子 変ニ長調
演奏所要時間:約6分30秒
遠くで教会の鐘が打ち鳴らされるように始まって次第に導き出される主題はこの作品を依頼してきた彼女自身によるものです。彼女の人柄を表すような素直な主題はシンプルながらも無限の可能性を感じさせるものであり、それを元に作品を構築するというのは受験時代を思い出しました。
新緑の樹木の葉が風にそよぐような右手のパッセージを伴いながら、主題は刻々と転調を重ね曲は次第に高揚していきます。
一段落すると今度は森の奥から聞こえてくる角笛を思わせるような第2主題(これも彼女が考えてくれたもの)が現れます。(第1主題が彼女を表すならばこちらの主題は旦那か?)
曲はこのあたりから嵐を思わせる情景に突入し第2主題を中心に時折第1主題の要素を取り混ぜながらクライマックスに向っていくというお決まりのパターン。
そしてクライマックスでは勝利を勝ち取ったように第2主題を高らかに歌い上げ、その興奮を押さえるかのように第1主題が静かに再現され、やがて第2主題も呼びかわされるように穏やかに回想され平和な空気の内に完結するという、恥ずかしいくらいに分かりやすくドラマチックな曲です。
結婚式といういろいろなタイプの人達が集う場で若干長かったなと反省する材料も有るものの、私もなかなか良い仕事をしたのではないでしょうか?(自己満足か・・・)