この作品は昨年の12月に京都の大宮にあるアマティーホールでの演奏会のために書いたものです。
12月22日、同ホールにて、上田浩之氏のヴァイオリン、竹内賢司氏のヴィオラ、上
野達弘氏のチェロ、そして作曲者自身のピアノによって初演されました。
作曲する際に演奏者からつけられた条件に「第3ポジションまで(要するに高い音
を使ってはならない)」と言うものがあり、その条件をクリヤーするために数々の(
実際にはそれほど高くない音を、聴く人には高く聞こえさせる)工夫がこの作品には
凝らされています。その副産物として夥しい転調、腕の筋が切れるのではないのかと
いう重音。またチェロがヴァイオリンとは全くポジション取りをすることを知らなか
ったため、上野氏はかなりのハイポジションを弾かされ、と、私以外の3人は演奏の
負担を減らすために条件を付けたにも関わらずかなり難しいものを弾くはめになった
のです。
またこの種の編成(ピアノ四重奏)の作品の多くはピアノの役割が非常に大きいも
のが多いのですが、この曲ではピアニストが楽をしたいという安易な理由により長大
な休符が数多く設定されました。(全ての休符を合計すると曲全体の1/3近く。その
間ピアノは沈黙を守るのであった。)
但し言い換えてみればそれだけ弦楽パートの活躍が期待できるわけです。
弦楽3重奏とピアノ4重奏の良いとこ取りをしたこの作品。どこかで出版してもら
えないかなあ・・・
[曲の概要]
Andante 3/4拍子 嬰ハ短調
演奏所要時間:約9分30秒
暗い、そして重い響きのチェロの長大なソロで曲は開始されます。(なんとこの曲
はチェロ独奏曲のような趣も持っているのです。)次いでヴィオラが加わり、ヴァイ
オリンが加わりチェロによって提示された主題を模倣します。この間ピアノは全く沈黙。 そして弦楽のみによる序奏(と言ってもここで演奏された主題は曲全体の核となる
ので、第1主題A)が終わりピアノが静かに新しい主題(第1主題B)を提示します。
この部分はあっと言う間に終わり再び弦楽のみにより第1主題Aが変奏されて(第
1主題C)現れます。ピアノによる確保の後やや推移的な部分となり、怪しげなピア
ノのアルペジョと謎めいた弦楽の切分音の上に前半を終了します。
弦楽のピチカートによる間奏のあと、曲想はがらりと変わり明るい雰囲気の第2主
題がピアノの伴奏にのって様々な楽器(と言っても4つしかないけれど)によってや
り取りされます。
明るい雰囲気のまま一段とテンポが上がりいよいよ展開部?に入ります。ここでは
第1主題Aと第2主題がふんだんに扱われ、刻々と転調を重ねクライマックスへと向
っていきます。そしてついに頂点に達した部分で第一主題Bが激しく、あるいは非常
に情熱的?に再現されるのです。
やがて曲は落ち着きを取り戻し弦楽によって第1主題Cが再現されます。なお、こ
の時背景でピアノパートによって演奏されるパッセージは大変美しく、我ながら会心
の出来栄えです。
最後に冒頭のチェロのソロが回想され穏やかな中に曲は閉じます。曲の最後の部分
で最初は(第3ポジションまでという条件があったため)上昇をためらっていたチェ
ロパートも練習の際上田氏の助言により作曲者の本来の意図通りまさに天に昇るよう
にこの曲中においての最高音(cis=9pos.)へと達する音型に変更されました。
と言う感じの曲です。と言ってもこんな楽曲分析の授業のような解説を書いてみた
だけでは何のことやら分からないと思います。
そこで、作曲者が個人的に思い描いているイメージを紹介します。
起
秋も深くなったある日、売れない作曲家である男が粗末な安アパートの一室で一人
寂しく午後のひとときを過ごしていました。(冒頭のチェロのソロ)
ふと廻りを見渡してみると改めて何も無い自分の部屋。(第1主題B)
そんな彼にも小さな夢がありました。素敵な女性に出会って恋をして見たいという
・・・(第1主題C)
そんなことを考えているうちに日は暮れ(推移的な部分)男もやがて眠りに落ち(
怪しげなピアノのアルペジョ)外では雨が降ってきました(謎めいた弦楽の切分音)。
承
翌朝起きて窓を開けてみると雨は上がっており、木の葉から落ちたしずくが朝の太
陽の光にきらきらと輝いていました。(ピチカートによる間奏)
男は久し振りに街に出掛けることにしました。一軒のカフェを見つけそこの席に落
ち着いてコーヒーを飲んでいると・・・(曲想はがらりと変わり)
一人の女性が声をかけてくるではありませんか!(明るい雰囲気の第2主題が)
「ここに座ってもよろしいかしら?」
「あっ、どうぞ」
「お仕事は何をなさっているのかしら?」
「えっ、あの、作曲を・・・」
「あら!素敵だわ。どんな曲をお書きになるの?」
と会話が弾みます。(様々な楽器でやり取りされる)
転
この日の出会いですっかり息のあった二人はそれからたびたび会うようになりまし
た。(明るい雰囲気のまま一段とテンポが上がり)
男にとって本当に幸せな時が流れていきました。(第2主題と)
しかし彼の心の中にはこの幸せな時間がいつまで続くのであろう、この瞬間は永遠
のものでは決してないのでは・・・そんな不安も感じていました。(第1主題A)
そんな感情が男の心の中を行き来していました。(がふんだんに扱われ刻々と転調
を重ねる)
結
そしてついに男の不安は的中してしまったのです。
彼は自分のアパートで激しく泣きました。(第1主題Bが激しく再現される)
何日かたって落ち着いてみるとやはりそこは何も無い自分の部屋でした。
楽しかった日々を思い起こしていると(曲は落ち着きを取り戻し、第1主題Cが再
現される)いつのまにか外には雪が降ってきました。(ピアノのパッセージ)
雪は本当に美しい。
全てを白くしてくれる。
男はそう思いながら雪の中へと歩んで行きました。(冒頭のチェロのソロが回想され) 彼は幸せでした。
素敵な女性に出会えたことが・・・
雪の降りしきるなか、彼の魂は(上田氏の助言により・・・)
THE END
*注
この物語はフィクションです。現実はこんなに甘くありません。
なお、上田氏の本職は医師です。